野に野犬あり

 話し声に振り返ると、器を片しながら会話しているようだった。実家から、と見て新聞記事に視線を戻す。「今年は帰れると思う」なぜか声が沈んで聞こえた。驚いて再び顔を奥に向けると一瞬、目が合った(ような気がした)。真意は伝わった、が、これは後でちゃんと確認しておかないとぎりぎりになって揉めるに違いない。この日は木枯らしが吹いた。満月だった。

 パンを切らしたと聞いて、ここは率先すべきと感じた。駅の西側に派手な看板のパン屋が開店した。何も言わず自分の小遣いでその噂の高級食パンとやらを買ってくるのが私の務め、すっかりその気になってしまった。今どうしても必要な訳じゃないらしいが、たまには褒められそうなことをしてみたい。貰った靴もせっかくの天気だ、下ろしたい。いずれにしても、先に寄るのはレコ屋か本屋だ。

 冬でも花は咲くのだな ー 見ず知らずの人の家の庭の草木を悠長に眺めている場合ではなかった。立ち読み代として買って飲んだ野菜ジュースの殻を捨てようとタイミングを計っているのだった。コンビニのゴミ箱が撤去されて久しい。と、すぐ横を軽ワゴン車が通過する。排気音に紛れて右手につまんでいたモノを離した。

 均一棚を前にして直立・腕組みの状態で、背中に日が当たって気持ち良い。年の瀬が近いのにこんなに暖かいなんて。というより師走と雖も大昔だと11月だから珍しくもないのか?いや待てよ、旧正月が2月なんだから現代に直すと今は…いつだ?早いのか、逆に遅いのか、いや何がだよ…。狼狽したおかげで我に返り、小銭がないと気付いた。百円一冊に万札は無いだろう、コンビニへ向かった。結果、食パンで両替した。

 何となく気分がいいのは真新しい履物のせいだろうか。前と一緒、色も形も同じ品を贈られて、自分でもちょっと恐ろしかったけれど、何かにつけてモデストな要望を出していたので文句はない。まあこれならお邪魔する時も失礼にはならないでしょ、思いつつ、ああそういう事?と、仕組まれた感じを邪推してしまい、さっき捨てた紙パックがそのまま路上に転がっているのを発見、腹いせに思いきり踏みつけてやったらストローから残り汁が噴き出して足元を汚した。