詫び状を詫びる

 うす塩味の袋菓子を一人で空にして、中に割り箸を詰めて床に捨てた。これでやっとネットに集中できる。お茶を淹れるため台所に出ると、何やら粉末の重さを量っているようだった。「明日の?」「んー上手くいけば」横でお湯が沸くのを待っていると、気に障ったのか、作業を中断して屑を拾い始めた。自分も気づいて部屋へ戻り「これもお願い」と、袋をボキィっ‼と折って絞り上げ、ゴミ袋の結び目にねじ込んだ。

 「延長されたら、どうします?」何事かと思えば植え込みの件で、そうだそうだ連絡しとかないと。「CSR、去年はかなりお冠だったようで」「なんか春の味覚がどうとか言ってたな」「お店でどうぞって感じですかね」「此処らでは滅多にお目にかかれないらしいよ」実際、あれは掘り出してからが大変なんだ、洗うのが面倒で。生で食うなら尚更だ。

 冷やし中華の具材を揃えながら、母親との通話に聞き耳を立てた。互いに入り組んだ相槌を打って、同じ話題が行ったり来たりしている。最後にはため息が漏れていた。翌日、何も持って来ぬようあれほど注意したにも関わらず、自家製リキュールと大量の山菜、埃っぽい箱に入った謎の焼き物を持参して来よった。こちらとしても準備は万端で、自分は何もしていないが、色鮮やかな西洋料理が食卓に並んだ。一通り済んでから、父親が「きゅうりねぇか」と聞いてくる。洗って渡すと「脂っこいもんの後にはこれが効く」と言って、丸ごと齧りだした。母親はその横で「あら、なんでしょ」と可笑しそうにしている。 

 マスクを着けて二人を見送る。運転席に座ろうとして「あ、ちょっと」、声を掛けられたノーマスクの母親が「アタシ飲んだんだ」と頓狂な声を出す。父親は訛りに遠慮が無くなったように思う。(母親のために)用意した舶来物の酒は「出先で貰った」と説明していたが、本当は買った。片付けを頑張れば払拭できるだろうか、足早に歩く背中を追いかける。

そうさ右往沙翁さ

 小山田浩子「斉木君」シリーズの「僕」役を磯崎憲一郎、「斉木君」役を辰巳ヨシヒロの自伝的作品である『劇画漂流』(青林工藝舎)下巻に登場する雨宮という脚本家志望の男性(丸顔丸眼鏡の団子鼻、口髭顎鬚を蓄えた狸面の居候で料理が得意)に振り当てて話を追っている。何度目の再読か分からないけれど(理由は不明、フロイトも今は必要ない)発見があるし、前回とは別の箇所で吹き出してしまう。

 エイドリアン・トミネが自著を辰巳ヨシヒロに捧げていて、以前からその関係を不思議に思っていたのだが、前述の『劇画漂流』上巻に、高校生の辰巳がシェイクスピアの四大悲劇、殊に『マクベス』の内容に魅了される場面があって、何となく腑に落ちた。マクベス本人のうじうじした感じや錯乱・狂気の様は二人の描く人物像に通底するように思う。トミネは辰巳との対談で「辰巳さんの作品で一番惹かれたところは、アメリカで手に入る他の日本のまんがと違って、人間性があるというか、深みのあるところです」と語っており(辰巳ヨシヒロ『劇画暮らし』角川文庫 p.392)、これは要するに『リチャード三世』よりも『マクベス』が偉い、と述べているに違いない。

 動画*1のマーキー・ラモーンが強く印象に残ったので、ラモーンズ(とリチャード・ヘル)を聴き直した。心躍る数多の楽曲と情熱的な演奏の響きは今更言うまでもないのだが、40年も前の作品に今頃熱くなりおって、と不安に感じなくもない。が、400年以上前の『十二夜』におけるオーシーノ公爵の、昔の歌は素晴らしい(大意)、と豪語するに便乗してその後も構わずラモーン・パンク、ポップ・パンクを追い続け、ついにはこれまで頑なに避けてきたRANCIDに行き着いた。トミネの「SUMMER JOB」*2(『SLEEPWALK AND OTHER STORIES』プレスポップ・ギャラリー 所収)を初めて読んだ際、主人公の着るRANCID Tシャツを不可解に思ったことを思い出す。

 何度目かの発令直前、改札を自宅とは反対方向へ抜け、芝の細かく整備された公園に向かった。月末、それも連休間近の無理がたたって体はほとほと疲れていたけれど、気持ちはどこか浮ついていた。嬉しいことに球技大会が中止となったのだった。「クソ共が」小声で悪態をつきながら酒とつまみを選り分けて、しかしそれは自らが望んだ服従の証、と(当然ながら)無言で自動精算機と対峙する。「クソが」

 周囲には誰も居ないのに、座って飲むのは気が引けるのだった。腐食した天板の隙間にピーナツを挟み置き、酒と褪せた浅葱色の新書判を持って立ってじわじわと酔いが回る。THE CRABS(K recordsの方)のへっぽこなインスト曲が耳に流れてきて、どうしてサーフ・ミュージックなんだ?、口にピーナツを流し込み、袋を元の位置へ戻すと傾いてするりと抜け落ちた。あわててしゃがむと土くせぇ!(土埃、草いきれ、試合後に押し寄せる安堵、解放)あっ分かった!「Surfin'Bird」*3だ。MAD3も辰巳ヨシヒロの短編に触発されて曲を作った*4というし、ロックンロールに正解を求めよう、思っていたらこんな記事や

blogs.bl.uk

こんな情報(Kathleen Hannaの腹SLUTって…)

www.chaw.org

に出会って気が狂いそうになった。

*1:

www.youtube.com

セックス・ピストルズのジョン・ライドン、マーキー・ラモーンとあわや一触即発の事態に | NME Japan

*2:バークレーの学生(Rancid, Samiam, Mr.T Experience等のTシャツ着用)が夏休みに帰省して、アルバイトしながらファンジンを作る話。95年作。そのSCAMという名のファンジン(表紙にはsummer 1992とある)の中にFugaziと“なんとかumpies”という、名前の一部隠れたバンドのライブ評があって、会場はギルマン。物の本(BRIAN EDGE, 924 GILMAN:THE STORY SO FAR… MAXIMUM ROCKNROLL, 2004)によると、92年までのギルマン出演記録に“なんとかumpies”の文字は存在しない。推測するに“なんとかumpies”とは93年以降の記録に現れる“Frumpies”

 The Frumpies - Wikipedia

のことと思われる/思うことにする。となるとイーストベイ好きの青年がわざわざD.C.のストレイト・エッジとオリンピアフェミニスト・パンクを記事にする、というトミネの演出方法を考えないわけにはいかない(別にJawbreakerとSpitboyでも問題ないはず)。物語の終盤近く、D.C.のIron Crossのような黒十字Tシャツ(バンド名は分からなかった)を身にまとった主人公が上司に退職の意思を告げ、2週間後、今度は黒いジャケットに袖を通し、まるでリア王の長女次女を真似したような恐るべき狼藉を働いて、職場を去って行く。これら一連の描写は、イーストベイ・パンクシーンにおいて度々問題化する暴力、差別、ハラスメント行為(有名なギルマンの標語を参照されたい)を例示しており、そこには非難や抗議(または自戒)の意味が含まれている。さらには、この状況をシーン全体の課題と示唆するため、敢えて劇中のファンジンに外部のバンドを配した、とも考えられる、いや、考えられない。バンドはRecess recordsの“Grumpies”かもしれないし、リア王のくだりも全然違います、すみません。ただ、黒十字デザインはもしかするとインディの(スケボーの方の)かもしれない。けど92年にスケートしてる奴が細身のダメージ・パンツを履くか?いやスタイルは様々だ。ということはこれはポーザー批判などではなくて、やはり生き方の問題として捉えた方が風通しが良くなる。何にしても作風が全然エモくないところがインディー・ロック感覚だ、じゃなくて結局作品の意図は何ひとつ掴めなかった

*3:

The Trashmen - Surfin Bird - Bird is the Word 1963 (RE-MASTERED) (ALT End Video) (OFFICIAL VIDEO) - YouTube

RAMONES - Surfin' Bird - YouTube

*4:

辰巳ヨシヒロ「いとしのモンキー」(『大発見』青林工藝舎 に再録されている)と The Mad 3 - Do The Monkey - YouTubeのこと KING JOE『SOFT, HELL ガレージパンクに恋狂い』ジャングル・ブック 1994年より 同書は中身の凄まじい音楽を中心に、ダニエル・クロウズやピーター・バッグ等(以外にも多数)のグラフィック・ノベルも紹介していて、とにかくガレージ・パンクの方々の尋常ではない気合の入り様が感じられる

本質的に不健全

 思わぬ落ち度があったと聞いて、爺二人が夜の学園都市に駆け付けた。幸いにも大事には至らず「今年の桜は散るのが早かったスねぇ」「そうさなあ」気の抜けた感じで歩いて行く。

 pitchblende『Au Jus』94年初頭にジョン・マッケンタイアとケイシー・ライスによって録音された(at idful studio)作品*1 について サンクス欄に“to all our friends especially jawbox for their punkrockedness”と記載あり、手の甲に×を記した*2ふざけた男の写真付き。ワシントンD.C.出身者がシカゴで作った音をニューヨークのマタドール・レコード*3が配給する。

 「俺、今日は飲まんぜ」そもそも店は開いていないのだが、それにしては人出の多い気がする、訳を聞けばこの後マッサージへ行くらしい。(初めからそのつもりだったのか?)追及すると「**に融通されて…」ばつが悪そうにする。(横領じゃん)思いながら変な正義感+負けず嫌いの出世欲みたいなのが発動して非常に困った。タクシー乗り場には長蛇の列ができていて、遠くの方で響く若者たちの声。 

 unwoundの初期編集盤とシングル・ヒストリー*4を聴いて KRS以外にもgravityやtroublemanから作品を発表*5している。DUB加工された曲が発見だった。minutemenのトリビュート・アルバム*6に参加していたとは。他の参加コンピ*7も面子が多彩で、つまるところ、独創的な音楽性と横断的な活動*8を称えたいだけです。

 古い高層建築の出入り口に置かれた看板が明々としていて、ご時世にもかかわらず営業時間は通常通り、かなり長めの設定だった。まるで到着を待ち構えていたかのように半袖の女性が現れて、動転した自分は挨拶を言って深々と頭を下げてしまう。旧式の、見るからに窮屈そうな昇降機の扉が開き、談笑しながら中へ入る二人を見送る。

 中学通りを南下する一台の車に乗っていた。道端にぽつぽつ出現するアブストラクト芸術を眺めていると、ふと妙に音の静けさが気になった。滑らかな路面の上を磁石のように浮いている感覚がして、下腹部が落ち着かなくなる。しっくりくる体勢を何度か試すうち、熱くなった体が汗の臭いを発生させる。歩道橋の信号でやっと車が停止して、散り終えた並木の奥に巨大な建造物が鎮座していた。あの女、袖の短い服、寒くねえのか、むき出しの腕、ああ…俺は胸の大きさを確かめたんだ。あとは尻。尻、尻、尻 ー

*1:

Pitchblende (band) - Wikipedia 

Pitchblende | ディスコグラフィー | Discogs jade tree, simple machineからもリリース

www.concertarchives.org  j charchともthe EXとも共演する

*2:

www.vice.com 

Justin Chearno | Wine Director and Partner, The Four Horsemen | PUNCH

*3:都市名、レーベルの概念・枠組みの整理 社会構造の分析や楽理的な根拠を求めない 

ワシントンD.C.:主に90~00年代のディスコードを想定 多少の情熱革命を含む Dischord Records discography - Wikipedia 

・シカゴ:記号としての音響派、ポストロック バストロも違うけど…入れる トータスの一枚目は93年11月、cap'n jazzは94年12月に録音されたと考える

・ニューヨーク:はったり・誇張として使用した 強いて挙げるならjames murphyとの絡み?あとは、やっぱりソニック・ユ~スか

・マタドール:90年代のローファイ、オルタナのイメージで unsaneやchavez等の文脈は無視する Matador Records

*4:Unwound - Wikipedia

Unwound (Unwound album) - Wikipedia

A Single History: 1991–1997 - Wikipedia

*5:逆にVern Rumsey (Unwound, Punk In My Vitamins Records) interview | el boom sónico / Punk In My Vitamins Label | Releases | Discogsにはそれ系が見当たらない(karpはtroublemanからスプリットを出しているけども) International Pop Underground Convention (album) - WikipediaRock Stars Kill - Wikipediaにはfugazi, nation of ulysses, universal order of armageddonの名前がある

*6:Our Band Could Be Your Life: A Tribute to D Boon and the Minutemen - Wikipedia ミニットメン、想像以上にアメリカのポスト~のバンドへ影響を及ぼしているかもしれない bigboysなんかも 常識だったらすみません

*7:A Day In The Park... A Compilation Of Now Sounds (1994, CD) - DiscogsThe Smitten Love Song Comp. | リリース | Discogs

*8:もしくは「ポスト・ハードコア」の一言で片が付きそうな、インディー・ロック集団 - ハードコア新興勢力の交流または葛藤の行方

雨後の筍 恥の上塗り

 引率、と云っても一人きりなので、要は只の付き添いで赤い電車に乗っている。中々の縁故採用で、少々変わった人物と聞かされてはいたけれど、まさか座った途端に本を開くとは思わなかった。数秒待って、例えば自分の身を案じるなどしてから、好奇心を抑えることができなかった。「**です。映画の方の」「あぁ、**重彦な」予習しておいて良かったよ、自分を褒め称え、胸を撫で下ろす。海が近くなる。

 89年6月、ニルヴァーナはバンド初となる全米ツアー*1を開始する。『ブリーチ』発表直後、ジェイソン・エヴァーマン*2在籍、男4人の珍道中、宿泊は地元ミュージシャンの他にレコード会社の人間が面倒を見ることもあったという。「ボストンのジョイス・リネハンやニューヨークのジャネット・ビリグなどがそうだ*3そうで、ジャネット・ビリグ*4は後にホールやニルヴァーナのマネジメントを担当する他、カート・コバーンの薬物治療に参加したり、娘の後見人として4位指名されたりなんかする*5。リプレイスメンツの熱心なファンに始まったその後のキャリア形成*6も興味深い。片やジョイス・リネハン*7で検索すると、元ボストン市長、現アメリカ合衆国労働長官マーティ・ウォルシュ*8に辿り着く。ちなみに国務長官アントニー・ブリンケン氏はギター演奏*9が趣味とのこと。

 横を窺えば、画面に向かって小首を傾げ、引きずられるようにして歩いている。日が傾くにつれ、ますます遣る瀬無い思いが強くなった。磯の香りも慣れてしまえば長閑な街並みが返って鼻につく。ようやく顔を上げたかと思えば、遠くを見つめ、やけに締まった御尊顔。なんだそれは。とはいえ、気後れしながらも話の糸口を見つけようとする様子に、自分は溜飲を下げるのだった。横町の立て看板が目に入る。「まだ明るいけれど、入ってみる?」「せっかくなので参りましょう」

 ベト・オルーク*10については、ATDIをよく知らない自分にはpunk/hardcoreの影響がなぜそんなにも取り沙汰されるのか理解できなかった。その後、インタビュー記事*11と、セドリックと組んでいたバンドFoss*12ATDI『acrobatic tenement』を聴いて無知な自分を恥じた。でも、96年なら無い音でもないかな、ふんぞり返ったところで初音源『hell paso』EPは94年と知り大変焦った。聴きたい欲しい。同じエルパソ出身のリズムピッグスも探したい。その日なら帰りに寄れる、それが慰めとなっていた。

 生ビールばかりぱかぱか飲むのでホッピーを勧めると、初めてです、物珍しそうに一口啜った。が、中のお替りをしないでまた生中に戻る。よく食べるし、饒舌だ。既に直属の上司・先輩への不満続出には閉口したが。話題を変えて、専攻内容を聞いてみると歯切れが悪かった。「カミュの番組見たよ。石橋凌みたいでかっこ良かったね」「最後に登場した樹が余計でしたけど」で笑った。レコ屋には行けなかった。

 週明け、その先輩が半笑いで近寄って来て「メガネ見ました?」帰りに無くして新調したらしい。悪戯っぽい言い方も、実は管理責任を問われているようで、また事実そうかもしれない、と蒼くなった。そういえば、吊革にだらしなく掴まってトリュフォーがなんたらデリダがほにゃらら、よくもまあ。そうか、反応が薄かったのは見透かされていたんだ、赤面して、その時やっと、ついでみたいに相手の気持ちを慮る。

*1:

en.wikipedia.org

*2:

www.youtube.com Last show with Jason Everman. プロングを着て闖入者を追い払う姿が確認できる

*3:エヴェレット・トゥルー『ニルヴァーナ:ザ・トゥルー・ストーリー』シンコー・ミュージック p.157

*4:

en.wikipedia.org

*5:『ザ・トゥルー・ストーリー』p.558, 602

*6:

www.youtube.com

*7:

en.wikipedia.org

*8:

en.wikipedia.org

www.boston.com モダン・ラヴァーズ『ロードランナー』を州の公式ロックソングに推した過去がある。ジョイス・リネハンが関係している。ジョナサン・リッチマン曰く:"I don't think the song is good enough to be a Massachusetts song of any kind."マーティ・ウォルシュのウィキペディアより)

*9:

news.yahoo.co.jp

www.nme.com シカゴ・ブルース/ブルース・ロックの人なのでしょうか

*10:

ja.wikipedia.org

*11:

rockinon.com the leaving trains『kill tunes』は傑作らしい

*12:

en.wikipedia.org

www.youtube.com ebullitionやgravityに通じるものがあると言ったら失礼か

my brain hurts

 今回も長く口内炎に苦しんだ。回復を期待して控えた酒も、効果があったのかどうか。藁にもすがる思いで検索した「コロナ 口内炎」、あれは一体何だったのだろう。いよいよ医者を訪ねようと覚悟した日曜の朝、面倒な知らせが届く。

 苦痛に顔を歪ませ cap'n jazz『Analphabetapolothology』CDを聴く。93年にこの音楽性か、偉そうに歌詞を確かめるも残念ながら難解だった。バック・インレイの ben weasel による揶揄/罵倒?*1に、彼らもパンク世界の一員だったのかと気付かされ、エモ系とLos CrudosやMK-Ultra等との関係も含め、イリノイ州punk/hardcoreの系譜を解き明かしたいという余計な思いに一瞬とりつかれた。なんとなく血で血を洗うような包括的な年表が欲しい。*2

 焙った方が旨い、と持参したガスボンベにバーナーを取り付けている。手慣れた様子に「寝てないっすよね?」気を使うと「仕事ですから」涼しい顔で笑ってかつ我が物顔で皿を並べ始める。「パパ、車でずっと寝てたんだよ」子供は無視された。自分もそれに倣って黙っていた。口内炎が悪いんだ。宣言解除後、即予約して釣ってきたという**魚、刺身も塩焼きも全て美味しかった。

 喧騒の中に満開の桜があった。朽ちた切り株に腰を下ろし、強い煙草を吸っていた老人が立ち去って、後に残された白い欠片。舌の裏がずきりと痛む。砂場に設えられた一本橋を子供がはしゃいで渡る。母親と叔母にあたる人がやや心配そうに眺めている。並んでいる二人の容姿はあまり似ていないが、笑った時に見せる歯並びだけは一緒だ。「水の悪い所で育ったから」よく嘆いていたが、さりげなく自慢かしら、これまで自分は思っていた。旦那(と書く)はベンチに座って画面を動かし続けている。この夫婦には会話らしい会話が無いな。帰った後、今度はこっちの心配をせねばならんのだから、おっとっと、くそガキを支えている場合ではない。

 

*1:

pitchfork.com ピッチフォークでも同じ内容が語られている

*2:

www.reddit.com 89年は一枚も挙げられていない。何故?

暴力大将 沈黙の費用

 がさがさ音がするので、瓶の口を親指で蓋しながら戸を開ける。スポーツジムの営業時間が通常に戻ったとかで、「俺も行く」迷惑そうな後を追ってこんな時、マスクはとても便利だ。

 禁酒期間は終了した。飲酒を再開してからの、当初4日おきの頻度が2日に一遍へ変化するのは早く、やがて軽いお酒なら大丈夫との慢心から連荘が始まり、一日抜いたら体調が全然違うわ、妙な自信を得てさらに勢いづく。毎夜のジンで心臓が苦しくなり、ウイスキーのカルピス割というバカな飲み物で肌が荒れた。

 信号機のボタンに手を伸ばすと「だから押さなくていいって」、気持ちばかりの左右確認の後、駆け出して行く。中央の島に着いた辺りで、反対車線に合流する一台の車が見えた。案の定、ハイビームで照らされてら。なんでいつもそうなの?訊ねると「効率の問題」とのこと。ふん。

 黒ずくめの若者がコーヒー牛乳を二本まとめて鷲掴みする、横で、自分は腕を組み冷蔵庫の中を見つめている。地酒めいた瓶ビールが飲みたいがはたして栓抜きを借りることができるだろうか。ここはコンビニだぞ?

 結局、停めてあった赤の他人の自転車の車輪で外して、世が世なら捕まっている。「さてと」一口含んで見渡せば、猛スピードで車が過ぎて行った、街路樹が花開いた。……桜にしては花びらが大きいし匂いも独特である。調べればハクモクレンのようだ。ところどころ剪定されていて、その切り口が美しい…じゃなくて嫌な世の中だ。お隣りはおそらくヤマザクラ。案外荒々しくできている表面を撫でながら、あんたは特別なのかい?、ところがよく見ればこちらもきちんと管理されている。やはり切り口の木目が可憐で、加工品が法外な値で売られるのも納得だ。

 ♪♪  放射能えらい♪ 誰も差別しない♪ 誰にも負けない♪  ♪♪

 ボタンを押すとすぐさま信号が変わった。車がどんどん溜まる。渡るのは自分ひとりだった。なるほど確かに社会的損失だ。 ー この花壇は**地区に故郷をなんたら会の協力によって整備されています ー はぁ~うるせーうるせー。草花を調べるアプリを操作する。便利な世界に生きている。

絶対的アグレッション

 金曜は風が吹き荒れて、未明に降り出した雨がやがて豪雨となり昼過ぎまで続いた。音量を上げざるを得ない程の雨脚。2度目の映画『グリーンブック』で、またもや同じ場面で泣いてしまった。政治的な批判を目にした後でも、やっぱり同じところで涙を拭ってしまう。

 地域振興券を使ってみようと提案したところ、既に新聞購読料として支払われていた。一瞬、見合ってしまうような間があって、二人して乾いた声をあげる。一緒に出かけた。とはいえ、用足しは別行動。自分は、まあ、レコードを買った。CDで持っているので内容は知っている。お金を渡す時は、苦虫を噛み潰したような顔をしていたと思う。

 食い気の却って収まらない食事を済ませ、帰る。チートスが食いたい。アボカドチップスでもいい。目が疲れ、肩が凝って仕方ない。小島信夫の短編で「低血圧なのに眼底出血」云々の話があったが、題名はおろか内容すら思い出せず苦悶する。とにかく右の目頭と目尻がヒリヒリするので目蓋を閉じると瞳に人工的な赤い細かな網目模様が現れる。

 跨線橋の階段にて、足元注意を促した。得意げな調子が笑いを誘ったようだった。実際、水を含んだステップは良く滑った。目の周りを気にしながら上って行く。橋上のクランクに差し掛かったところで後ろから服を引っ張られた。排水溝が詰まってできた深い水溜まりに危うく足を突っ込むところだった。桜はまだ早かったが、平和な一日を実感した。他は知らない。

 帰宅。こんな時間でも鍋や包丁を動かしている横でレコードを広げる。「リルケじゃん」「へ?何が」うわ~、さすがだ~。感嘆ついでに「atrophy ってどういう意味?anathema って何?」など歌詞について次々質問すると、易々と答える。昔、友人のバンドを見せられて、はいはいエモ系ね、と心中、大いに白けていたが、終演後は酒に酔って賞賛を繰り返した。言われた方は困った表情を浮かべて、それが癪に障るのだった。頭のいい奴は会話に変な間を置くなあ、と思って後日、権威勾配を利用して真似てみると大変気持ちが良かった。反省している。ところで、そいつが例の「言わないとゴムを付けないばか男」だと知った時の心中たるや。