甦れ カート・コバーン

 Seth『IT'S A GOOD LIFE, IF YOU DON'T WEAKEN』を読んだ。物語の中頃で主人公の Seth が “ What a feeble Holden Caulfieldish type fantasy ” と自嘲する場面があって、自分は「あ、ついに来たな」と思った。

 『ライ麦畑でつかまえて』(どころか J・D・サリンジャーの一切)を未だ読んでいないのはコーネリアスが関係していて、「好きそうに思われるけどキツそうなので読んでない」と昔、何かで言っていたように記憶する。新訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』も、なんだかんだ言い訳をして結局買わなかった。ついにその時が来たのかも、と。

 ただ、村上春樹に関しても複雑な思いがあって、臭すぎるウイスキーや今の自分にどうしても必要とは思えないが手ごろな値段でもあるし話にも出てきたからとりあえず買っとくか的な、その後聴き返す機会の少ないジャズのレコードもあるにはある、くらいにはエッセイを読んではいるのだが、小説は2度挑戦して2度とも途中で負けた。レイモンド・カーヴァーは好きで、『結婚式のメンバー』の文庫化もありがたかったけれど。

 そもそもフリッパーズ・ギターには間に合わず、二人のソロ活動は心に茨を持つグランジオルタナ(以下、音楽ジャンルの意味・内容は「大体な感じ」です)少年にはちと難しすぎた。曲の元ネタとして言及されていたネオアコの類は、静かで遅そうと思い込んでいたのでなかなか手が出せなかった。さすがに『LIFE』や『FANTASMA』の曲は周りから聞こえてきたし、『POINT』や『SENSUOUS』の音楽性にしっくりくる時期もあったけれど、近頃は、やっぱりラモーンズは最高だな、と身も蓋もない事を言っている。時代を通じて速い曲は速いし、確かな歌声は特筆すべきものがある、とか。

 SethはAimee Mann『lost in Space』で知った。いや、むしろSeth画に惹かれてCD購入を決意したのだった。曲、ブックレットの掌編ともに良かった。それで、この記事*1Seth (cartoonist) - Wikipedia でも触れられているように “ Seth attended the Ontario College of Art in Toronto from 1980 to 1983. He became involved with the punk subculture and began wearing outlandish clothing, bleaching his hair, wearing makeup, and frequenting nightclubs. ” とのことなので、ちょっと調べないわけにはいかない。

 スティーヴン・ブラッシュ『アメリカン・ハードコア』(メディア総合研究所 2008年)によると「カナダでハードコアを受け入れた都市は、バンクーバーだけだった」(p.503)そうだが、スカルズ The Skulls (Canadian band) - Wikipediaバンクーバー出身、メンバーは後にD.O.A.とSubhumansを結成する)というバンドが77年末にトロントに移り住み「4ヶ月の滞在期間中に強烈なインパクトを残した彼らは、クラッシュ&バーン・クラブでヴァイルトーンズの度肝を抜いたり、地元ニューウェーヴのスター、ザ・ダイオーズ*2のオシャレなパーティを蹴散らしたりした」(p.504)との記述があり、トロントにも当然ながらパンク・シーン(それがどの辺りの「パンク」だったのかは敢えて問いません)があったことが窺える。

 『IT'S A GOOD LIFE, IF YOU DON'T WEAKEN』の中で Seth はSP盤を嗜み(収集家としての悲哀が一瞬語られる)、突然 AC/DCABBA を持ち出してトレンディなカップルを腐したりする(すぐに反省するのだが)。遠出をすれば見知らぬキッズに「見ろよディック・トレイシーだ」「いやクラーク・ケントだろ」せーので「スーパーマン!」と弄られるような服の趣味だ。パンクの頃はどんな格好をしていたのだろう。幸い同じような疑問を持った方々が居て、過去の写真*3を確認することができた。しかし、残念ながら自分の期待したような(リンク先のコメントに「ドキュメンタリー『Seth's Dominion』には includes a photo with the bleached hair, studded bracelets, etc., dated "Circa 1983.”」とあったので)一目でそれと分かる風貌ではなかった。履歴を語るインタビュー*4においても具体的なバンド名は示されず、代わりに大勢の漫画家たちの名前が挙げられる。曰く、幼少期のスーパーヒーロー(『it's a good life ~』の巻末にはマーベルへの愛憎が綴られている)に始まって、チャールズ・シュルツロバート・クラムやヘルナンデス兄弟作品(ラブ&ロケッツにはパンクを感じた)との出会い、30~40年代の雑誌ニューヨーカーに掲載された Peter Arno - Wikipedia 等の発見、RAW や WEIRDO も大きかった。クリス・ウェア、ジム・ウッドリング、ベン・カッチャー、エイドリアン・トミネ、ダニエル・クロウズ等の存在にオルタナ・コミックの明るい未来が見える(96年11月、97年1月の会話)。「グラフィック・ノベル」という言い方*5はあまり好きではないので『it's a good life ~』の表紙には「PICTURE NOVELLA」と記した、自意識過剰の為せる業。J・D・サリンジャーは当然好きだけど、アリス・マンローこそが自分にとって偉大なり。自伝的漫画を描いた動機はハービー・ピーカーはもちろんだが、リンダ・バリー Lynda Barry - Wikipedia の影響が大きい、等々。 

 ワシントン州オリンピアにあるエバーグリーン大学はサブ・ポップのブルース・パヴィットや K records のカルヴィン・ジョンソン、ビキニ・キルのキャスリーン・ハンナ等を輩出したとしてある意味人類の聖地なのだが、マット・グローニング、チャールズ・バーンズそしてリンダ・バリーの出身校でもある。ブルース・パヴィットはサブ・ポップがまだファンジンだった頃(リンダ・バリー、チャールズ・バーンズによるカバー・アートあり)やロケット誌 The Rocket (newspaper) - Wikipediaマット・グローニングをべた褒めしたり、ハービー・ピーカーアメリカン・スプレンダーを紹介したりしている。その辺りの事情は『Sub Pop USA: The Subterraneanan Pop Music Anthology, 1980-1988』(p.113, 152)に詳しい。エヴェレット・トゥルー(シアトル・グランジ現象の曙を世界に伝えた音楽ジャーナリスト 『ニルヴァーナ:ザ・トゥルー・ストーリー』シンコー・ミュージック 2007年 著者)に言わせると「グランジはピーター・バッグが形を与えない限りグランジとして生まれることは無かったはず」(『ザ・トゥルー・ストーリー』p.276)らしく、確かに『HATE』にはルーザー所謂好事家の主人公がマネージャーを務めるバンド(スラッカー兼趣味人の集まり)がガス・ハッファ―やガール・トラブルと対バンし、タッド・ドイルが本人役で登場するなど、当時のシアトルのリアルなバンド状況が伝わってくるようだ(『BRADLEYS』『BUDDY BUYS A DUMP』含め、勿論それだけの漫画ではない)。ちなみにパンク・ガレージ界隈ではジョー・サッコが Miracle Workers を題材にした作品を発表している。蛇足だが Ben Snakepit や Liz Baillie の作品には地下型パンク・ハードコアの日常が描かれる(と読めないこともないような気がする)。

 そのグランジ前後やハードコア(パンク天国2と3の時代)の裏側では何が起こっていたのか。伊藤英嗣ネクスト・ジェネレーション rock & pop disc guide 1980-1998』(ブルース・インターアクションズ  1998年)を片手に歴史を旅してみた(シンコー・ミュージックの UK NEW WAVEネオアコ本も携えて。何れもかなりスキゾ&パラノなセレクトで畏敬した)。結果、自分の好みはアノラックにあると分かった。53rd&3rd のコンピCDの「AGARR」って何?不思議に思っていると as good as ramones records の略と分かり大変和んだ。53rd&3rdからしてあれだけれども。浜田淳『ライフ・アット・スリッツ』(ブルース・インターアクションズ 2007年)によると「ラヴ・パレード」(フレンチからプログレまで網羅するかなり深海で天空なバレアリック選曲)や「米国音楽ボールルーム」(根がパンクにできているDJ達によるスカからインディーポップいやそれ以上のまさにリゾームな驚異の祭典)にはフリッパーズ・ギターの二人やグリーン・リバーのアレックス・ヴィンセントAlex Vincent (drummer) - Wikipediaが遊びに来ていたという。

 『ネクスト・ジェネレーション rock & pop disc guide 1980-1998』には、全908組のアーティスト・レヴューと共にファンタズマ発表後のコーネリアスのインタビューが収録されている。印象に残った部分を切り取ってみたい。曰く「初めてのパンク体験は中学1年生の時に聴いたクラッシュ。高校時代にコピーしたバンドは以下の通り:ジャム、スペシャルズエコバニ、キュアー、スミス、アズカメ、ペイルファウンテンズ、ジザメリ、マイナースレット、セブンセカンズ、ミスフィッツ、オジーオズボーン、アイアンメイデン、マイケルシェンカー、ハノイロックス、クランプス、メテオス、グアナバッツ、仲の良い友達の好きだった近藤真彦、デヴィッドボウイ等々。最近のお気に入りはアフリカ・バンバータの『DEATH MIX』。スミスについて:モリッシーの世界は分からない、とにかくジョニー・マーのギターがかっこいい。ニルヴァーナの事:当初はヴァセリンズをカヴァーしているなぐらいの認識で、カート・コベイン没後にちゃんと聴いたらかなり良かった」とのこと。

 そのような視点*6カート・コバーン『ジャーナルズ』(ロッキング・オン 2003年)を再読してみた。以下、自分の感想:お気に入りトップ50にクラッシュが入っていた、しかもコンバット・ロック。メタル趣味が無かったことになってない?ニューウェイヴ/ポストパンクが本当に好きなんだね(p.257)。Shop Assistants と Beatnik Termites はうれしい発見だが(後者は Cali Thornhill DeWitt - Wikipedia 経由か)、Army Of Lovers の Crucified 推しはどう解釈したものか(p.229)。DicksとBigboys(p.85)を見落としていた。N.W.A.(p.67)とパブリック・エネミーの2nd(p.257)については特に気にも留めないでいたところ、Kurt Cobain - Montage Of Heck - YouTube *7を聴いて、おや?と思った。これは…思うに、これは「系譜学」だよね。ロック・レジェンドの権力構造ならびにメジャー・レーベルによる統治形態を分析しましたっていう。

 ……何それ?日記なら何を書いても許されるのか?ということで改めて、自由とは何か、束縛からの解放とは一体何なのか、真剣に考えてみたい。結論をいきなり述べると、つまりはカート・コベイン言うところの「Punk Rock to me means freedom.」「Punk is musical freedom. It's saying, doing, playing what you want.」(『ジャーナルズ』p.111, 156)なんだと思う。その心は、ロジャー・コーマン『ワイルド・エンジェル』においてピーター・フォンダが解答を提示している。

www.youtube.com

 この場面はマッドハニーとプライマル・スクリームの曲 *8に使われていて、要はニルヴァーナ(カート1967、クリス65、デイヴ69年生まれ)とコーネリアス(69年生まれ)を語る際、その2バンドの存在を無視することなどはできないわけで、それでとにかく Kurt Cobain - Montage Of Heck - YouTube を繰り返し聴いているといつの間にかその眩いループ感に包まれて微睡んでしまい、それこそ前述の DEATH MIX HD REMASTER!!! - YouTube と勘違いしそうになるし、Violent Onsen Geisha - Que Sera, Sera (Things Go From Bad To Worse) [Full Album] - YouTube のような趣も浮上してくる。また「(後年は)ギャング・オブ・フォーみたいなトゲのないダンス・ミュージックをリリースするだろう」(『ジャーナルズ』p.263)とは即ち、カート・コベインがもしも2021年に音楽をやっていたら、YMOと曲を作ったり、DJとして活躍したり*9する可能性もあったということか!!!

 今はパパス・フリータス*10の1st(トラットリア盤)を聴いて、これは Plan-It-X や Recess records のバンドに通じる軽妙洒脱なパンク精神が感じられる、と落ち着いている。アップルズ・イン・ステレオもたまりません。それはそうと、カートおすすめのUKネオアコ群をいろいろ嗅ぎ回っていたら「なんかこの感じ、知っている気がする」、棚を眺めればロイス(Lois Maffeo - Wikipedia)が目に留まった。なるほど1stはスチュアート・モクスハムのプロデュースだし、元々はコートニー・ラブ(Pat Maleyと組んだバンドの方)だ。カート・コベインの初舞台、GESCOホールの運営者の一人でもあった*11。ん?あれっ!?まさか……慌ててマイケル・アゼラッド『病んだ魂』を捲ったらに「ホールデン・コールフィールドのハンチング帽を被ったカート・コバーン」(p.378)と現れて、絶句。今度こそ本当にサリンジャーを読まなくちゃ、と思った。

 

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*1:

kangaeruhito.jp 柴田元幸オザケンの関係もよく考えたらすごい

*2:

The Viletones - Wikipedia 

The Diodes - Wikipedia

www.ajournalofmusicalthings.com

*3:

www.kleefeldoncomics.com 

https://twitter.com/bkmunn/status/1374689575709335557

*4:

An Interview with Seth - Believer Magazine 

The Seth Interview - The Comics Journal  “This interview was conducted in two sessions in November 1996 and January 1997. ”

上の記事のみを参考に以下、ダメ詐欺師のような文章が最後まで続きます

*5:劇画・駒画論争か。辰巳ヨシヒロがエイドリアン・トミネで松本正彦がセスなら、さいとうたかをは?

*6:ニルヴァーナ、カート自身が元ネタを公言している曲、オマージュ/サンプリング的な曲が結構あると思うんですが、有名なところではThe Melvins - It's Shoved - YouTubeとか

*7:カート・コベインによるサウンド・コラージュ、ブートCDには88年春録音とある

Nirvana - Montage Of Heck (Long) - YouTube ロング・バージョン

Kurt Cobain 1988 Mixtape Montage of Heck: Nirvana Genius' Early Work | Time

*8:

Mudhoney - In 'n' Out of Grace - YouTube

Primal Scream - Loaded (Official Video) - YouTube

*9:「ニューウェイヴという名目でハウスをかけていた」(DJ EMMAの発言『ライフ・アット・スリッツ』特別付録より) カート・コベインのポスト・パンク、ひいては Army Of Lovers 賛美もそのような捉え方が正しいのかも そう考えるとスウィングなチャド・チャニングからグルーヴィーなデイヴ・グロールへ移行したのも頷ける どうかな~

*10:

popdose.com 

“ In Japan we were on a really cool label called Trattoria [an imprint of Polystar]. That was Cornelius’s label. He had some records on Matador in the States at one point. Just a really out-there Japanese artist who was a superstar in Japan at the time, so anything he touched, it meant that 10,000 people were automatically going to buy the record. It was good for us pretty much right away ”

 

*11:マイケル・アゼラッド『病んだ魂 ニルヴァーナ・ヒストリー』(ロッキング・オン  1994年)p.59

エヴェレット・トゥルー『ザ・トゥルー・ストーリー』p.40