芳兵衛とくになし

 最近は夜の十時を過ぎると辺りはもう、真夜中の気配がする。帰宅して早々、事故か何かあった?と尋ねるので「特には」と答えた。今日は風が強く吹いたという。列車の走る音がいつもより凶暴に聞こえたそうだ。着替えようとして部屋に入れば、床が散らかっていて薄暗闇にモニターが煌々としている。黙っていると「...さん家の木が揺れて怖かったからこっちで仕事してた、ごめん」いや、あっちでも見えないでしょ、自棄になって言い返すと「影が映るから」「影って…」

 酒を飲まなくなった代わりに甘い炭酸飲料を好むようになった。この年でコーラ(キリン商品)が美味しいなんて、得した気分だ。自販機の傍で飲み干して「I like cola!!!」げっぷをしたら涙が滲んだ。本当にしんとしている。しばらくぼんやりしていると、体の内部が急激に冷えてきたので、問題の「木」を確かめるため道をまわる。なるほど仰げば確かに立派な木だ。しかしこんなに太い幹が揺れるのかしら?下からの照明で葉っぱがさらさらと輝いている。冬なのに枯れないのか、そう自問した自分が樹木について何も知らないことを知った。なんも分からん。

 沖縄の基地問題を調べるうちに(主にtwitter検索)、木村紅美『雪子さんの足音』(講談社)に辿り着いた。フィッシュマンズネロリーズ、90年代中頃のモッド&サイケの古着男。どうにか『まっぷたつの先生』(中央公論新社)も手に入れて、yumboのライブ配信に感銘を受けて、佐伯一麦がまた読みたくなった。

 彼方から轟音が届いて、確かにうるせーな、力なく笑った。落ち着いたら仙台へ行ってみようか、実行する気の全くない行動を想像して心が少しだけ温まった。直後、冷たい風が襟元に侵入し、うわっと叫んで小走りで帰る。