ゴーゴー!老化作戦。

 目が覚めて、カーテンを開けると窓の外は意外に暖かかった。上機嫌で部屋に入っていくと、ソファから上体を起こして「おはよ」と。「うん。天気も良いし、どっか行く?」誘ってみるも、今日は調子が悪い、すげなく断られすれ違いざま、いやに体臭が濃かった。ちょっと横になる、遠ざかる足音に「飯はどうすんの」訊くと「オートミール食べるからいい!」きっぱり言い放った。

 「作るよ」「いいよ、何か買ってくる」と家を出て、やっぱりいい気持ちだ。穏やかな日差しを浴びて「がんばれがんばれ、いけるいける」心の声が聞こえる。市議会議員のポスターが新しく張り替えられている。いつか最年少で当選した青年も3期目ともなれば次第に貫禄が出るようだ。こちらを見据える精悍な顔付きは、IT長者や半グレを思わせる髪型と相俟って、チョビ髭なんかが良く似合いそうだ。検索すると、タカ派衆議院議員の呟きに憧れと素直な共感を寄せていた。

 2台しかないATMの一つを一人の若者が占拠している。だだっ広い待合スペースの「己」の字の列に加わり、いらいらを募らせる。密だ、とベタに思っていったん外へ出て、八百屋の店先を冷やかしてみる。で、どうして労わってあげなかったのか、あほうのように我に返り、発作的に黒色のりんごを笊ごと買い求め、再び銀行へ。くだんの人、まだ苦戦しているらしい。ようやく振り返った顔を睨みつけると、悪気ない感じの好青年で、それでいて虚ろな目をしていた。

 駅構内を抜けた先で、既に追憶となりつつある政党の市議会議員が演説の準備を始めていた。関係者は他に誰も居ないようだった。魔が差したというか、人智を超えた偉大な力に背中を押されたというか、思わず声をかけてしまう。 ー おぼつかない足取りで坂を降りていった。恥ずかしいやら情けないやら、胸中渦を巻いている。出掛けに感じた至福の境地は今いずこ?ベンチ(排除アート付き)のある公園も鯉の泳ぐ湧水池も子供連れの見物客で立錐の余地無し。近くにある老夫婦の営む定食屋へ駆け込んだ。

 お目当ての新聞は先客に奪われていた。右手で麺を持ち上げ、縦に折った新聞紙に左手を添え、半口を開けてテレビ画面を見つめている。殺意を覚えたが、ないものは仕方ない、気を取り直して『はじめの一歩』を手に取る。あんなにベトついていた表紙が綺麗に磨かれている、読み始めれば感動で涙が止まらない、動揺を鎮めるため、ホッピーを注文し、中を2回お替りして特盛の油そばを食った。酒が廻って日曜版のクロスワードや間違い探しに熱中するうち頬も乾いた。

 帰宅。遅いからもう食べた、何なの、と嘆じる。余った(というか…)食材を片す姿にかける言葉が見つからない。いっそ怒り狂ってくれた方が助かるのだが。深夜、りんごに一縷の望みをかけてみた。あれば食うとのことで、食い意地、と心和む。が、窪みに埃を発見してしまい、嫌な予感がする。「皮剥いたんだ、酸味がきつい、やわ過ぎ」と宣い、一切れで終いにした。「あっそ」憤然と立ち上がり、皿を台所へ持っていった。そのまま流しへぶちまけようかと思うが、とどまって、立ったまま残りを口の中へ放り込む。頬を目一杯膨らませ、眼を三角にして顎を動かす。そういう時に限って舌を噛むようなことはなく、やらかいだけあってすぐに咀嚼を済ませてしまった。

 

蛇足:

 

 就寝直前、ふと気になって例のオールド左翼系市議のtwitterを確認すると、案の定、昼間の事に触れた後、唐突に最低賃金がどうのこうのとほき出した。こいつ、俺のグランジファッションを見てそういう発想に至ったか、と、一人布団の中で怒りに身を震わせた。

 これが前回の記事の発端なり。

 

おちまい

 

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